2009
04.09

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日比谷パティオで開催中のテオ・ヤンセン展
ちなみに日比谷パティオとは、2007年に解体された三信ビルディングの跡地を開発計画に着手するまでの約2年間だけ、イベント・スペースとして暫定利用している場所なわけですが、つか三信ビルディングっていつの間になくなってんのよ・・・

三信ビルディング

三信ビルディング

そっちの方がショックだっつう。。。

まあそれはさておき、開催前からかなりwktkしてたのに、結局ギリギリでようやく行ってきたわけですが、会場のキャパ的にちょっと狭いかなという印象。
個人的にはワッサワッサとビーチアニマルが行進してる様とかも見てみたかったなあ。

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自分が彼の作品を知ったのは、数年前にたまたまネットで見かけたこの記事だった気がする。
JDN /和蘭生活事始 /07 砂浜動物 テオ・ヤンセン / 風で歩く“生命体”を創る
あと、同時に紹介されていたこの動画。

これを見たときの衝撃ったらそらもう。

これらが全て、風の力だけで動いているってんだから驚き。

それにしても、見れば見るほど「ナウシカ」に出てくる蟲にしか見えないこの多脚ビーチアニマル。
透明な羽根の部分とか結構ボロボロになってて、それがまたやけに生命を感じさせてリアルだったり。

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もう今週末で終わっちゃいますが、土日はデッカイ多脚アニマルのデモもあるらしいので、多脚フェチな方はぜひ。
flickrに写真あげといたんで、そちらもどぞ。

Theo Jansen – A New Life Form – in TOKYO

2009
04.07

sakura2009

とりあえずは土日に会ったみなさま、おめでとう&ありがとう&お疲れさまでした。
って一行でまとめてしまってごめんなさい。

石田さんの結婚パーティは、久しぶりの人とかいつもの人とか、ちょっと違った雰囲気で会えたりして新鮮だったり。
そしてみんなスーツの、そして2年ちょっとぶりのVenus Peterのライブでは、思いがけずちょっとウルっとしてみたり。
Shortcut Miffyのライブなんて何年ぶり?moony moorで対バンしたのは何十年前だっけ??

とにかくホノボノとした、素敵な音楽に囲まれた楽しいパーティでした。

っで、

二次会は断念してそそくさとレコードバッグを取りに帰って西麻布Bullet’sへ。
なんか間近で見るUlrich Schnaussさんは、長身の若い好青年な印象。
あれ?アー写の印象だと、もっとなんていうかこう、ハゲたおっさ(ry
なんか気さくないい人でした。

ライブもあのBullet’sですらガシガシ踊れる感じの音出してたりして、あんな頭(ry
UNITも見たかったなあ。
ついでに、その後のDJセット1曲目がCatherine Wheelだったのにもぶっ飛びましたけど。

個人的にはUlrichの真横でDJ(向こうは機材片付けてただけですけど)出来てちょっと感動。
ついでに本人目の前にしてBetween Us and Them(Ulrich Schnauss) → Crazy for You(slowdive)がかけれただけでもう思い残すことはないです。
さらにはお客さんもいなくなって明るくなった店内で、ChapterhouseのLove ForeverのGlobal Communication Remixかけてたら、Taxiがなかなか来ないって戻ってきたUlrichさんがニコニコしながらそれを聞いてたので、もう死んでもいいかも、オレ。
最後まで踊ってくれたみなさまには感謝。たぶんオレが一番踊ってたけど。

っで、

1時間くらい押したあげくに客いなくなっても延々DJしてたおかげで、気づいたらもう7時前。あら。
急いで帰って寝て起きて花見会場到着。13時くらい?
今年は例年になく暖かな陽気の花見でまったりまったり。まあなんか今思うとあんま桜が記憶に残ってないんだけども。
その後はカラオケいって中華街(Not横浜)行って帰ってきたら23時半?

っで、

そっからF1第2戦マレーシアGP見てバトン2連勝が見れてよかったよかった。

っで、

さらに録画してあったケロロ軍曹見て長かった2日間も終了。
意外と元気です。

2009
04.01
Ulrich Schnauss LIVE SHOW'09

Ulrich Schnauss LIVE SHOW'09

Ulrich Schnauss LIVE SHOW’09

2009.04.04(Sat) @西麻布 Bullet’s
open/start 23:30- Allnight Charge ¥3,500(w/1drink)

Live:Ulrich Schnauss
Support Live:eskimohunter(from US)/broken little sister/Oeil

DJ:Ulrich Schnauss/DUCK ROCK/荒木 陽路美(Quince Records)/DJ 蟻(moph record)/die-O(in the clouds)/taira(a place in the sun)
VJ:寺田(HUH)

いよいよ今週末となりましたUlrich Schnaussの来日公演ですが、以上のような感じですのでお時間ある方はぜひ!
自分、最後に回させていただきます。

2009
03.29

バトンが完勝、ブラウンは32年ぶりデビュー戦優勝 F1豪州GP決勝 (1/2ページ) – MSN産経ニュース

F1世界選手権シリーズ今季開幕戦・豪州GPは29日、メルボルンのアルバートパーク・サーキット(1周5.303キロ)で20台が出走して58周の決勝を行い、ポールポジションからスタートしたブラウン・メルセデスのジェンソン・バトン(英国)が1時間34分15秒784(平均時速195.775キロ)で、2006年ハンガリーGP以来の通算2勝目を挙げた。

うわぁぁぁ、マジでHONDAやっちまったなこれはwww

ほんの3週間前にHONDAが二束三文で手放したF1チームが、60年のF1史上でも類を見ない歴史的快挙を成し遂げてしまうという、今頃HONDAはどんな気持ちでこのニュースを見ていることやら。。。

新チームによる開幕戦予選および決勝での1位2位独占は、事実上史上初の歴史的快挙。(1950年の第1回F1GPのアルファロメオも予選および決勝で1位2位ではあるが、第1回F1GPは当然全チーム初参加なので除外。)
新チームのデビュー戦での優勝としても1977年以来32年ぶり4チーム目。
っでバトンにしても自身初のポールトゥフィニッシュと、もう史上初の快挙だらけのブラウンGP。
発足わずか20日足らずのチームということで、車体にもレーシングスーツにもほとんどスポンサーもなく真っ白な状態で、それがこれだけTVに映りまくるという、なんか珍しい映像がたくさんだったのも印象的。

それにしても、9年前の2000年に若干20歳という若さでF1デビューを飾ったJ.バトン。デビュー2戦目のブラジルGPでは、当時の最年少入賞記録をほぼ40年振りに塗り替えるいきなりの6位入賞。しかし史上最年少ワールドチャンピオンの可能性までも噂されながら、チームに恵まれずに低迷。幾度となくチーム同士の契約のトラブルに翻弄されつつも、2003年にようやく初の表彰台とポールポジション。しかし勝利にはとことん見放され、結局F1初勝利は2006年第13戦ハンガリーGPにおいて、参戦113戦目で待望のF1初優勝。これは同時にHONDAチーム第3期の初にして唯一の勝利となった。

結局バトンは、2003年からチームを一度も移籍することなく(その間、BAR HONDA→HONDA→ブラウンGPと母体は変わったが)、その才能を発揮できずに下位に沈んだチームとともに歩んできたわけで、昨年のHONDAの低迷っぷりからは、もはや彼のドライバー人生は終わったモノと見るむきさえあり、その才能を惜しむ声も少なくなかったわけで、それが屈折9年の時を経てこうして報われるときがくるというのは非常に感慨深いモノがあり、正直2004年の佐藤琢磨表彰台以来、涙なしでは見れない表彰台だった。

つか今シーズンのF1は、どこが速くてどこが遅いのかさっぱり想像もできず、もう何が何だか予想外の展開だらけになりそうで面白すぎる。
そして昨年同様、今年こそは絶対優勝といわれているTOYOTAの期待外れっぷりも笑える。それを必死すぎるほどに持ち上げるフジの中継がかなりウザいのが難点。
まあでもここ数年面白さが低迷気味だったF1が、去年あたりからやたら面白くなってきたのが嬉しいところ。

2009
03.29
ブラウンGP F1チーム

ブラウンGP F1チーム

【F1豪州GP】勢力図が大変化 ブラウン勢が予選1、2位独占 (1/2ページ) – MSN産経ニュース

規定が大きく変わった新シーズン、F1の勢力図は大幅に塗り替えられた-。F1世界選手権シリーズ今季開幕戦・豪州GPは28日、メルボルンのアルバートパーク・サーキット(1周5.303キロ)で20台が参加して公式予選を行い、ブラウン・メルセデスのジェンソン・バトン(英国)が1分26秒202で2006年第3戦・豪州GP以来、通算4度目のポールポジション(PP)を獲得した。

2008年12月5日、突如発表されたHONDAのF1撤退。
折からのサブプライムローン問題に端を発した金融危機、さらには2000年からF1界に復帰、そして2006年からは38年ぶりに純ホンダワークスチームとして参戦したにもかかわらず、昨年はついにコンストラクターズでも10チーム中9位と、もはやかつての栄光は見る影もなく、さらには後発のTOYOTAにも大きく水をあけられてしまった現状では、誰もが仕方なしと思わざるを得ないのが当時の状況であった。

その後HONDAはF1チームの売却先を探すも難航。すでに他のチームが2009年シーズンに向けてテスト走行を行う中、旧HONDAチームは参戦できるかもわからないまま状況を見守るしかなく、2009年シーズンが開幕する今月になってようやくチーム代表を務めていたロス・ブラウン個人に売却することが決定。ブラウンGP F1チームとして2009年シリーズに参加が決定。
開幕戦まで残り20日のことである。

そして迎えた2009年3月28日のF1開幕戦。
HONDAが昨年から開発をしてきた2009仕様のマシンが、エンジンにはメルセデスを搭載して開幕戦の公式予選に参加。
予選1回目、1位2位独占。
予選2回目も1位2位独占。
そして決勝のグリッドを決める予選3回目においても1位2位を独占。

2007年は10チーム中8位、2008年は10チーム中9位だった旧HONDAチームがこの結果ですよ!!!

純粋な新チームとは言えないものの、新チームによるデビュー戦予選1位2位独占は1970年のMARCH以来39年ぶり。
たった1ヶ月前まで、今シーズンのF1に参加できるかすら分からなかったJ・バトンは自身3年ぶり4回目のポールポジション。R.バリチェロにいたっては、予選2番手はM.シューマッハの相棒としてフェラーリチームにいた2004年の日本GP以来5年ぶり。
そして、もしもHONDAが撤退せずに参戦していたとしての結果であれば、実に1991年のセナ・プロスト時代の最終戦以来18年ぶりとなるHONDAのフロントロウという結果になっていたかもしれないわけで。

もちろんエンジンはHONDAではないし、HONDAとして参戦していたら結果は違っていた可能性もある。しかし車体からチームスタッフ、ドライバーに関してはすべて旧HONDAチームであることを考えると、もしかしたらと思わずにはいられない。

結局HONDA F1チームは、2009年シーズン用としては過去最高の車を開発したにもかかわらず、それを実際に走らせてみることなく撤退を決定してしまったわけで、もしも自分たちの開発していた車がこれほどのポテンシャルを秘めていると知っていたのであれば、もしかしたら。。。

今回のような結果は誰よりもHONDAが予想だにしてなかったわけで、スポーツの世界で「たら・れば」は禁句とされるが故に、スポーツの世界の「たら・れば」はドラマチックで面白い。