10.05
今からちょうど50年前の1957年10月4日(日本時間10月5日)、旧ソ連が人類初の無人人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功。衛星本体から40.02MHzと20.05MHzの電波を発信し電離層の観測にも成功。
っというわけで、今日のNASA画像はその「スプートニク1号」となっております。
Fifty years ago today on Oct. 4, 1957, the Soviet Union launched Sputnik, humanity’s first artificial satellite, thereby ushering in the Space Age.
Image Credit: NASA
さて、当時世界はアメリカとソ連の2大大国による冷戦真っ直中だったわけですが、宇宙開発に関しては圧倒的優位と思われていたアメリカが、このスプートニク1号によって人類初の人工衛星打ち上げでソ連に先を越されてしまい、アメリカ全土が驚愕に陥り株価大暴落まで引き起こす事態に。
そしてこれをきっかけにアメリカは総力を挙げて宇宙開発に突き進んでいくわけですが、1961年4月12日にはソ連のボストーク1号に乗ったユーリイ・ガガーリンが人類初の有人地球軌道周回にも成功し、アメリカの面目は再度丸潰れに。
これにブチ切れた当時アメリカ大統領だったJ.F.ケネディは、人類を10年以内に月へ着陸させると「アポロ計画」を発動。これにより1969年7月21日、アポロ11号の船長アームストロングは人類初の月面着陸に成功。
人類が初めて周回軌道へのロケットの打ち上げに成功してからわずか12年で、なんと人が月まで行けるようにしてしまったわけです。
しかし、1972年12月7日のアポロ17号による有人月面着陸を最後にアポロ計画は終了。
それから35年間、人類は一度も月へ行くことはなかったわけで、当時の人々にしてみれば、わずか12年で月に到達出来たのだから、30年後の21世紀には火星くらいに到達していて当たり前と信じていたわけで、裏を返せば、冷戦という異常な状態があったからこそ莫大な国家予算をつぎ込んだ無謀な計画がまかり通ってしまったという、技術革新は戦争と共にあるというのは皮肉な歴史の必然だったり。
っで話戻ってスプートニクですが、1号の打ち上げ成功からわずか1ヵ月後の1957年11月3日には「スプートニク2号」が打ち上げられ、これには無人で打ち上げられた1号とは違い、ライカ(愛称:クドリャフカ)という名の一頭の雌犬が乗せられることに。
当時まだ、宇宙からの帰還技術に乏しく(1号は帰還はせずに最後は大気圏に突入して消滅)、この2号に関しても帰還のミッションは与えられておらず、最初から片道キップの宇宙旅行でした。
この「スプートニク2号」も無事に打ち上げに成功。地球をわずか103分で1周しながら、打ち上げ162日後の1958年4月14日、大気圏に再突入し消滅。
ライカは史上初の宇宙飛行に成功した地球生命体となったのでした。
ちなみに「スプートニク2号」には、10日分のみの酸素と食料が積み込まれ、最後の10日目の食事には睡眠薬と毒が入れられており、当時のソ連はライカは宇宙空間で苦しむことなく安楽死を迎えたと発表。
しかしそれから39年後の1999年、複数のロシア政府筋が「ライカはキャビンの欠陥による過熱で打ち上げの4日後に死んでいた」と公表。さらに2002年には、当時のスプートニク2号の関係者が「ライカは打ち上げ数時間後に過熱とストレスにより死んでいた」と発表。
実際には、「スプートニク2号」が地球を4周したタイミングで信号を受信したところ、既に何の生体反応も確認されていなかったことが判明。
地球を飛び出して約6時間、わずか地球4周でライカの宇宙旅行は終わりを告げていたことに。。。
そんなライカちゃんを偲んでFlashなんかもつくられていたり。
これ以外にも、当時の宇宙開発競争の犠牲になった動物たちは多いわけですが、そのうち数頭は無事に宇宙から帰還。
宇宙開発という夢の裏側には、数多くの悲劇があるということで。

