08.12
asahi.com: 御巣鷹ふもとで灯籠流し 日航機墜落事故12日で20年
乗客乗員520人が命を落とした日航ジャンボ機墜落事故から、12日で丸20年を迎える。遺族らは11日夕、墜落現場の群馬県上野村「御巣鷹の尾根」のふもとを流れる神流(かんな)川に灯籠(とうろう)を流して、亡き人をしのんだ。
1985年8月12日午後6時56分。
羽田発大阪空港行き日本航空123便のボーイング747型ジャンボジェット機は、乗員・乗客524名を乗せたまま群馬県上野村の御巣鷹山(正確には御巣鷹山の南側にある高天原山)に墜落。乗員全15名、乗客509名中505名のあわせて520名が死亡するという、単独機としては世界の航空機事故史上において未だ類を見ない最悪の大惨事となったあの事故から20年。
あの日のことは今でもよく覚えていて、どの新聞も一面の半分以上を暗闇の中で不気味に燃え続ける墜落現場の写真が占め、子供ながらに大変な事故が起きたんだなと衝撃を受けたものです。さらには翌日、この凄惨な事故現場から奇跡的に4名もの生存者が見つかったことも、この事故をさらに印象付けました。
さて、この日航ジャンボ機墜落事故ですが、実はこれほどの大惨事であったにも関わらず、20年が過ぎてもなお事故の全貌は明らかにされておらず、事故後の調査で次々と不可解な謎が明らかになったことなどから、今でもその事故原因を巡っては様々な憶測を呼んでいます。
当時の事故調査委員会の発表では、事故機は墜落以前の1978年に尻もち事故を起こしており、その際ボーイング社が行った修理が不適切であったために圧力隔壁に金属疲労が蓄積し、それが事故当日に破壊が起きて墜落したという「圧力隔壁原因説」でした。
しかしこの説は、奇跡的に生き残った乗客の証言や、回収されたフライトレコーダーの内容との矛盾点があまりに多く、特に事故直前の午後6時24分、伊豆半島西方の海上高度約7200メートルで圧力隔壁が崩壊して垂直尾翼の一部と油圧系統を破壊したとする「圧力隔壁原因説」では、この高度で圧力隔壁が崩壊した場合、機内の気圧は人間にとっては致命的なまでに急減圧することから、この後事故機が32分間にも渡って懸命の飛行を続けられるはずもなく、さらには事故調査委員会は、この墜落の原因と見られる飛行中に突如破壊された垂直尾翼を事故現場からほとんど回収することなく原因を決定しており、多くの謎を残したまま、1987年に最終報告書を公表して委員会は調査を終了しました。
このような不可解な謎を数多く残した結果、いまだに一部メディアなどでは、ちょうど日航機墜落の2年前に大韓航空のボーイング747がソ連の戦闘機に撃墜される事件(この事件も、ソ連の崩壊がなかったら真相が明かされることはなかった)などがあったことなどから、撃墜説や自衛隊による誤射説、テロ説など様々な説が飛び交っているわけで、これだけ多くの犠牲者を出した事故でありながら、20年たった今でも真相は闇の中といったのが現状のようです。
2000年8月、事故から15年が経ちボイスレコーダーが公開されると、そこには異常発生から墜落にいたるまでの機内の様子が克明に記録されており、この内容はさらに「圧力隔壁原因説」の矛盾を決定付ける結果ともなりました。正直、かなり衝撃的な内容ですが、この事故で何が起こったのかを知る貴重な資料でもあります。
▶ 日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る20年間の記録(生存者の生々しい証言など)
▶ 日本航空123便事故 御巣鷹山悲劇の真相(比較的客観的に分析しているサイト)
▶ 日航123便(JA8119)御巣鷹山墜落事故の真実(やや偏見の含まれる分析ながら、時系列などの詳細があるサイト)
▶ もう1つの日航ジャンボ機事故(事故機が運搬していた放射性物質について)
ちなみにこの事故で犠牲となった中には、日本人として唯一アメリカのヒットチャート誌ビルボードで1位を獲得した坂本九氏など著名人も含まれていました。
ついでに今日12日、TBSでは18:25から事故の時間に合わせた特番と竹中直人主演のドラマが、フジでは21:00から再現ドラマとドキュメンタリーの特番が放映されるようです。